今日も生かされている事に、感謝しながら、
精一杯生きていきましょう。
本日の日本の神様は・・・・
でした。
大屋毘古神(おおやびこのかみ)様のテーマ:
現実を自分のうちに見つける
古いパターンに氣づき、手放す
樹木はただそこにあり、体験し、自らを
悠久の時の中に知るのです。
天と地の間で調和をとりながら、
外に起きている出来事を個人的に
受け止めてはいけません。
日照りが続いても、それを自分のせいだと
思わないでしょう。
大きな木のように、大地に根を下ろして、
自己中心性という眠りから覚める
時がきています。
別名を五十猛命という木の神様から
頂いたインスピレーション
古いパターン・・・・
古いパターンって何だろう?
いよいよ人間って何?
という問いに対して、もう一度思い出す
時期が来ているようです。
・・・と勝手に小生が考えて
いるだけですが・・・・
ただ肉体を持って、このこの身体の
中だけが、自分自身という枠にとらわれて
いたら、これから地球がの変容の時期を
迎えるにあたって、エゴが先行し、
生きにくい世の中になっていくでしょう
と木の神様は教えてくれているような
氣がする今日この頃です。
たとえば・・・・
遠くから木の匂いがしたら、
その匂いがする場所まで、木が
存在をしている証拠だと思いませんか?
それが、目に見えるか、見えないか
によって、今までの古い価値観に
しばられていると、氣づきにくい
かもしれません。
煙草の煙が嫌で、席を交換しても、
煙の流れが変わり、嫌がる人に
ついてくるという経験をした事の
ある人は、理解しやすいかも・・・
感謝の木持ち・・・氣持ちで
いっぱいになったら、
どこまでが、自分・・・・
どこからが、自分・・・・
という境目は、どんどんなくなり、
エネルギーを拡大していくと、どこまでもが
自分であると氣づきなさいと
大自然は教えてくれているような
氣がして、外に出ていると、
とってもすっきりしてくる今日この頃です。
家族を大切に・・・・
どこまでが、家族なのでしょうか?
広がれば広がる程、意識が拡大し、
自身の偉大さに氣がつくでしょう。
この大きな大きな存在そのものが、
本当のあなた自身であり、愛であり、
光であり、良心・神様なのだと思います。
そういう意味でも、小生は、
この大和の国、日本では、
神様はどこにでもいるという考え、
とっても好きです。
だって、本当にそうじゃん~
って思う今日この頃です。
誰もがエネルギーは拡大し続け、
愛という存在は、永遠。
ここまでが、私、ここからがあなた
という境はない・・・・・
自分の家族、こども・・・・
今同じ姓を持って家にいる人たちだけが、
家族と思うのもその人の人生。
同じ会社の人たちも含めて家族と
思うのもその人の人生。
自分の住む地域全体が家族と思うのも、
この日本という国が家族・・・・
いやいや地球全体・・・
宇宙そのもの・・・・・
存在ありとあらゆるものすべてが家族・・・・・
大和の国、大きな和を表す国は、
どうやら日本という国という枠ではなく、
存在すべてを表しているような氣が
してならないのは、小生だけでしょうか?
本当の意味で、自分を大切にするという事は、
全体がよくなる事とはきってもきれない関係に
あるのだと思う今日この頃です。
すべては繋がっているので、きろうと
思っても、きっときれないのでしょうが・・・・
そんなインスピレーションで、
感謝の氣持ちでいっぱいになったら、
以前でしたら、道を歩きながら、
素敵なお庭の家をみたら、あんな木が
いっぱいある素敵な家いいなぁ~
どうやったら、手に入るような人間に
なれるのかな~なんて思っていましたが、
すべては繋がっているという
考えになったら、肉体というバラバラな
存在として見ているという考えのもとでは、
庭の手入れなど、手間やコストもかかる
でしょうが、ただで、手入れもしてくれて
ただ歩いて横切るだけで、綺麗な庭を
見れて、豊かな氣持ちになれる。
こんなありがたい事はないな~
なんて思う今日この頃です。
最近では、代わりにやってくれている、
固定資産税も払わなくてもいい・・・・
なんて区別する考えもしなくなってきましたが・・・・
きちんと自己を見つめ、手放すという事が、
究極的には、手にいれる事。
そんな大切な事を大屋毘古神様の木が、
どんどんのびて、宇宙まで届いているのが、
目の前に見えるようです。
どこまで、木(氣)を伸ばすか、
どこまでを家族と思うか?
今、自己中心性から目覚める時期・・・・
この言葉にドキっとしてしまった
魚画伯でした。
今夜は、満月ですね。
人生前向きなあなた様の木(氣)が、
満月まで届くような勢いで、エネルギーが
拡大し、本当のあなたは偉大、愛である
と思い出し、本日も素敵な日であります
ように。